• イワヤジュンコ

ごあいさつ

最終更新: 4月6日


はじめまして。終日舎・デザイナーのイワヤジュンコです。ちなみに「終日舎」は「ひもすがらしゃ」と読みます。皆さんからは「しゅうじつしゃさん」と呼ばれています。覚えにくいそうです。すみません。 ​さて、この終日舎でみなさんのチラシや名刺を創る私がどんな人物か。自己紹介をさせていただきます。


小さい頃は、一日中本を読み、辞典を眺め、絵を描いたりお話を作ったりする子供でした。

というとメルヘンチックで内気な女の子を想像するかともしれません。でもごめんなさい。私が読んでいた本は主にウンコの本です。

我が家には人体のエンサイクロペディアがずらりと並んでいました。そのなかの消化器の部で、風化していくウンコの様子をおさめたページを眺めるのが日課でした。


ちなみにそのころ好きだった漫画家は楳図かずおに水木しげる。夢中になった絵本は「なおみ」と「とうもろこしばあさん」。 好きな遊びは戦いごっこ(常にレッド役)。家の隣の霊園はかっこうの遊び場で,墓場でママゴト(ワイルドクッキング)してました。

「ガラスの仮面」の影響で、小学校時代は劇団へ。小さなCMやドラマに出演し、中学高校時代は演劇部へ。舞台美術を担当しつつ音響、演出とマルチに活躍(雑用ともいう)。

役者としては猿の役を熱演。本物の猿なのではないかという疑惑の目を向けられ、それから数年間「さる」というあだ名で呼ばれていました。


同時に美術部でも気まぐれに筆を奮う優雅な日々。培った画力で担任の似顔絵を教室の壁に描く匠の技。郵政局のペンキアートコンクールでは見事優勝。見に来てくれたご近所の良い子とそのママたちからの感想は、「怖・・・(こども)」「見ちゃダメ(ママ)」

現代人を風刺した純然たるアートに、呪いの絵画なのではないかという疑惑の目を向けられました。

高校卒業後、糸井重里や佐藤雅彦に憧れコピーライターを目指して専門学校へ。

卒業後はブラック企業で毎晩2時まで仕事、米も切符も買えない下積み時代が続きました。 そのうちデザインだけではなく、キャッチコピー製作や文章作成にも携わるようになり、個人的なデザインの仕事、また、文章のお仕事依頼が増えてきたことと、デジタルカメラのムックを書いたことから独立。勢いに乗って若気の至りで上京。

東京で迷子になっていたところ、通りがかりの博報堂さんからお仕事をいただき、次いで、どSなところをどMなリクルートさんに見初められて外部ライターに。有名IT企業の女豹のような社長からは「同じ匂いがする』と目をかけていただき、渋谷の有名企業さんからは「方向音痴すぎて笑う」と大絶賛。東京の大企業の皆さんは懐が広い。と痛感しました。

そんななか、学習塾(塾×CAFE)のデザインコンサルをしたことがキッカケで、集客相談の仕事が激増。むちゃくちゃ仕事して集客の知識を叩き込んで今現在に至ります。

​私がいうのもなんですが、デザインはもちろんのこと、コピーライティング、集客コンサル、文章製作、イラスト製作に子育て相談に鬼ごっこの鬼などなど、実に器用で多才な子なんです。デザイナーに頼むなんて緊張しちゃう、というかたも、私が相手ならたぶん緊張しないでしょう。緊張されたことがありません。ぜひお気軽にお声がけください。

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©2012 By Junco Iwaya  ‐終日舎‐

​宮城県仙台市太白区八木山弥生町