そういえば、とコーヒーを淹れながら彼女は言う。
「ふてぶてしいやつがいるのよ」
ふてぶてしい。へえ。いったいどこに?
彼女の目の動きを追って、何気なく庭に目をやる。 「庭よ、庭」
ふむ。それは、あいつか。 「・・・そう。あいつ」 日差しが当たる一番良い場所。気持ちよさそうにへそ天で眠っている野良ネコを発見。確かにふてぶてしい。なんでも昨夜は窓の枠にしがみついて、一時間でも二時間でも、リビングを覗いていたのだとか。 「庭の花に水をあげようとして外に出ても、どかないの。ずっと寝てる。私が近づいても、平気な顔。野良猫ってもっとびくびくしているものだと思っていたわよ」
それはふてぶてしい。ド根性猫だ。このへんのボス猫だろうか。
確かに貫禄はある。でも見ない顔だ。どこからか迷い込んできたのだろうか。それとも、ほんとは全然ふてぶてしくなくてド天然猫か。なわばりを追いやられ、たどり着いたか。
「うちにはもう4匹も保護猫がいるんだから、勝手に居ついてもらっちゃ困るわけよ。だってかわいくなっちゃうじゃない」
そうだよねえ。情に流され早や数年。この家には猫が途切れたことがない。それもぜんぶ、保護猫。
「あなたは長い付き合いだからわかると思うけど、私はこう見えても筋金入りの猫好きなの。今は猫にとって、不遇の時代でしょ。野生の猫よ。どこに住んだっていいはずなのに、棒で叩かれて追いやられたり、水や熱湯をかけられたり。そりゃあね!丹精込めて育てた花の横に、粗相されたときは私だって怒り狂ったわよ。でも、仕方ないじゃない。なんでもかんでも、人間がいいようにはコントロールできないわよ」
ずーっと、おんなじこと言ってるね。君は。僕と一緒に暮らし始めたときから。
「見て。こんなチラシをもらったの。地域猫活動だって。ふふふ、『人と動物が、幸せ!に暮らすプロジェクト』だって。こんな活動をしている人がいるんだねえ。世の中捨てたもんじゃない。しかもこれ、環境庁が後押ししているらしいよ」 ユル~い猫のイラストが描かれた、パステルカラーのチラシ。 「なんだかこのにゃんこのイラスト、あなたに似てるじゃない?」 彼女が僕の喉を指でなでる。
そうかい?似てるかな?
「ねえ、庭のふてぶてしいコを迎え入れたら、うまくやってくれる? いつもみたいにさ。先住猫のプライドを傷つけるようなことはしません、て」 はぁ。どうせそんなことだろうと思ったよ。 君は困っているコを見ているとほっとけないんだ。
でも、僕と君は、だいぶ長いことうまくやってる。
僕は君が理解できないし、君も僕を理解できない。
趣味も、休日の過ごし方も、全然違う。僕は君一筋で、ごはんも決まったカリカリじゃないとダメ。君は優しくって気が多くて、なんだって食べる。
共通点なんてない。「わかるよ~」って言えない。だってわかんないし。
だけど、一緒にいる。すごいよね。同じ人間だったら到底できないことさ。 「なんで理解してくれないの!」ってなっちゃうもん。 理解できないことが許される関係って、最高じゃん、って思うんだよね。 『人と動物が幸せ!に暮らすプロジェクト』か。 うん、まあ。僕たちはとっくの昔に、ね。
環境庁推進の地域猫活動、普及チラシのご依頼を受けて、オールイラストのチラシを作成しました。地域猫活動は現在、日本全国に広がっているそうです^^
昔は、野良猫と同じくらい、野良犬もたくさんいました。
我が家のまわりは森、林、山です。ハクビシンもいればたぬきも、アナグマも、猿も、カモシカも熊もいます。蛇もいます。猫と同じ「野生」「人の手で飼育されていない動物」ですが、彼らが生活圏内に入っても近所の人たちは黙認しています。
でも、猫は迫害されてしまう。 それだけ猫は人間の生活に近い身近な動物、ということなのでしょうけれど……。
この活動、この普及チラシで、少しでも人と動物が共生できる世界が来ることを願って。
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